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大阪市平野区 上谷 祥一

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【16番】
今年も年越し運転を実施しましたのでご報告します.今年も例年通り,帰省先の神戸の実家にて実施しました.さて今年は,日本史上では明治維新150年という大きな節目を迎えます.加えて鉄道史上でも,一大ターニングポイントとなる昭和43/1968年10月1日に実施された白紙ダイヤ改正,世にいう“ヨンサントウ”のダイヤ改正から50年,また東北本線の全線複線化・全線電化から50周年になります.“ヨンサントウ”のダイヤ改正で無煙化にむけて蒸機全廃の動きが加速する一方で,特急や急行列車の新設や増設,電車化・気動車化により,全国的な高速列車網が整備され,583系寝台特急や485系特急電車,キハ181系やEF66形電気機関車の運用が開始されて,蒸機機関車と当時の最新車輛とが混在する鉄道情景が生まれ,40代後半以上の鉄道ファンが懐かしく思う「国鉄時代」の幕が切っておとされます.そこで今回の年越し運転は,ヨンサントウのダイヤ改正50周年,東北本線全線電化50周年を記念して東北本線の黒磯以北の交流電化区間,並びに奥羽本線で活躍した交流電機,交直両用電機を中心にして,16番日本型にて行いました.まず機関車ですが,ED75 3〜49号機×2輛,ED75 50〜83号機ヒサシ付き,ED75 100番代前期型(以上,全て1994年天賞堂製品),ED75 700番代(1997年天賞堂製),ED77(1999年天賞堂製),ついで,ED78形登場時前面窓プロテクター付(2013年天賞堂製),EF71形登場時前面窓プロテクター付(2013年天賞堂製),EF81五次・六次型ヒサシ付き(1999年エンドウ製),さらにDD51B寒地仕様×2輛(ともに2007年天賞堂ダイキャスト製品)もギャラリーとして参加しました.次に客車です.赤い交流電機には茶色の客車が良く似合います.というわけでスハ43系の座席車(KATO製),オハ35系の座席車(KATO製)を中心にして,マニ36×2輛(ともに1997年天賞堂製),マニ60(1996年天賞堂製)を組み込んで,昨年の年越し運転では実現出来なかったスハ43系とオハ35系から成る混成鈍行列車を牽引させました.また私はブルトレ・ブーム世代なので,20系客車8連(KATO製)と24系25形客車7連(KATO製)から成る寝台特急編成を,ED75 700番代とEF81に牽引させました.パワーパックはカツミ製KY-301を2台使用しています.最大出力16V,容量3A,トランジスタを用いた電圧制御で,デリケートなモーターを搭載したブラス製ロコもストレスなく走らせることができ満足しています.レールはカトー・HOユニトラックのR730とR790を使用して複線エンドレスを設置,渡り線,引き込み線を設けました.時間は31日の23時30分頃から,1日の0時30分まで行いました.私が小学6年生の頃に手にした世界の鉄道別冊『世界の鉄道模型』(朝日新聞社刊)に,天賞堂製の赤い交流電機が“赤べこ”と称されて紹介されていました.小学生の私にとって,天賞堂の赤電機は同社のC62 2号機・3号機と同様に,手の届かない物の象徴でありました.特にC62 2号機・3号機がゴールデンコンビなら,EF71・ED78はシルバーコンビともいうべき存在でした.1996年に待望の天賞堂製のC62 2号機・3号機を購入出来ましたが,EF71・ED78は現金払いを主義としているため(クレジットカードは持っていません)購入時期を逃してばかりで,ようやく手にすることが出来たのは2013年,いまから5年前のことです.奇しくもこの年,決定版ともいうべき天賞堂のブラス製C62 2号機・3号機(カンタム非搭載仕様)を再び購入し,ようやく子供の頃の夢が実現しました.もういつでも成仏できます(苦笑).581系寝台特急や485系特急電車,EF66形電気機関車もトミックス製品やムサシノモデル製品のおかげで手元に揃えることが出来ました.しかし子供の頃にあこがれていた車輛を所有できた一方で,あこがれの車輛たちは殆ど現役を退いてしまい,特急や急行列車も消えて都市間輸送は新幹線に移行してしまい,在来線の新型電車を見て,“かっこいいな”と思いつつも形式名が頭にでてきません.年月が経てば幹線の役割や運用車輛も移ろいで行くのは仕方がない事かもしれませんが,せめて模型の上では様々な列車が活躍した佳き時代の再現を目指して,これからも機会があれば年越し運転を行いたいと思います.